ギリシャ悲劇の古典!『オイディプス王』感想

本・書評

いまから2000年以上前、紀元前400年頃に創作された物語。『オイディプス王』。この物語は、ギリシャ悲劇の最高傑作とされているそうです。

 

たしかに、最高傑作などといわれるだけはありました。かなり昔の作品にしてはわかりやすくて読みやすいですし(翻訳者のおかげもあるでしょうが)。

 

ストーリーも明確です。

 

いまの普通の小説とちがうところは、物語のほとんどが「会話」で成り立っていることです。いわゆる「戯曲」という形式です。最近ではまず見られない形式です。が、この見慣れない形式で食わず嫌いするのはもったいない。そう思います。

 

この「光文社古典新訳文庫」という光文社のレーベル。ラインナップで古典のみを扱うというめずらしいレーベルです。現代の人にも古典に親しんでもらえるように、とわかりやすさを重視して新しく翻訳されています。

 

だから、この『オイディプス王』も驚くほどすっきりと読むことができました。

読みやすいのは、ストーリーがわかりやすいという面もあるかもしれませんが。

 

『オイディプス王』は、英雄が転落していくお話です。大筋を知っている人もいるかもしれませんね。大まかなストーリーはこうです。

 

「みずからの父を殺し、母と交わるだろう」と予言されたオイディプス。彼はその予言から逃れるために、生まれ育った国を発ちます。そして「テーバイ」という国でスフィンクスを倒し、英雄として讃えられました。そして、その国の王になります。

 

ここまでなら、ただの“英雄譚”ですが、残念ながらこれは本編の「前置き」なのです。最初の1ページです。

 

ここからオイディプスの運命は狂い始めます。いえ、逆かもしれません。恐ろしいほどに運命へと収束していくのです。運命とは、「父を殺し、母と交わる」という予言のことです。

 

まさに悲劇そのもの。ですが読んだあとは、後味の悪さなどはなく、不思議とスッキリした気持ちでした。これが「カタルシス」というやつなのでしょうか。

 

あまりに現実離れしている、ということもあるかもしれません。このお話を読んでいると、「自分が現実で遭遇する、たいていの不運はたいしたことがないな」と思えてきます。

 

この物語で不運に見舞われたのは、ひとりの“英雄”でした。転落したのが、ただの悪人だったとしたら悲劇にはならないでしょう。こんなにも長くの間、読まれ伝え継がれることもなかったかもしれません。

 

悪人ではない“善人”が、その運命のもと地獄に落ちたからこそ「悲劇」になるのです。

 

この『オイディプス王』は逆説てきな教訓として読むことができそうです。もちろん、現実で「父を殺して、母と交わる」ことになる人は皆無でしょう。

 

作中でオイディプスは、悲しいほど恐ろしいほどに運命から逃れられません。でも、現実に生きるわたしたちはそうではないはずです。こんな“運命”はありえない。全然上手くいかなくたって、それはちっとも運命なんかじゃありません。状況は自分の行動しだいで変えていけるものなのです。そのことを『オイディプス王』は教えてくれているのではないか、と思いました。

 

「悲劇」といえば、シェイクスピアの「4大悲劇」が有名です。『リア王』『マクベス』『ハムレット』『ロミオとジュリエット』。

 

時代的にはシェイクスピアのほうが現代に近いです。だけれど、個人的にはシェイクスピア作品よりも『オイディプス王』のほうがわかりやすかったです。