【書評】恋愛小説の新しい形『未必のマクベス』早瀬耕

本・書評

書店でハヤカワ文庫のコーナーに平積みされていた。

ひときわ高く積まれていてオーラを放っているように見えた、『未必のマクベス』

 

表紙を見ただけでなぜかものすごく面白そうだと思った。

 

表紙の下半分は帯で隠れてしまっていた。

上半分に見えていたのは、夕焼けっぽい背景と、白抜きで書かれた「未必のマクベス」という文字。

 

これが目を引いたのかも知れない。

たぶん棚に差された状態で背表紙しか見えていなかったら、ピンとは来なかったと思う。

 

この小説に引かれた一番の理由は、タイトルだった気がする。

 

なんだか得体の知れない、でもどこか引きつけられるものを感じた。

「マクベス」という言葉を知っていたからこそ、「未必のマクベス」というタイトルに興味を引かれたのだと思う。

『未必のマクベス』というタイトルの意味

 

『未必のマクベス』という言葉の意味は最初はわからなかった。

というか、最後の解説を読んではじめて知った。

 

「マクベス」がなんなのかは知っていた。

もちろん、シェイクスピアの戯曲『マクベス』のことだ。

 

シェイクスピアは有名すぎるほど有名なので、知っている人も多いはず。

読んだことがなくても、タイトルとかあらすじは知っているという人はいるかもしれない。

 

『マクベス』は、シェイクスピアの四大悲劇のうちのひとつでもあるわけだし。

 

かくいう自分も『マクベス』を読んではいたものの、内容はほとんど忘れてしまっていた。

 

これから『未必のマクベス』を読もうと思っている人は安心して欲しい。

この小説を読むのに、シェイクスピアの『マクベス』を読んでいることは必須ではない。

 

本編のなかでもちゃんと説明してくれるし。

むしろ、『マクベス』を知らないほうが先入観がなくて物語を思いっきり楽しめるかも。

 

そして、「マクベス」の前についている、「未必の」という言葉。

 

「“マクベス”はシェイクスピアだろうけど、“未必”ってなんだ?」

 

と表紙を見て思った。

 

「未必」は、法律用語の「未必の故意」から取っているみたい。

 

法律で使われる言葉だから、意味は堅苦しくてむずかしい。

 

ざっくりいうと、「自分がそれを望んだわけではないけれど、自分の行動によってそうなってしまっても仕方ない」と思うこと。

 

これを『未必のマクベス』に当てはめるとこうなる。

 

自分からマクベスになることを望んだわけではないけれど、自分の行いによってマクベスになってしまうのなら、仕方ない。

 

ここら辺の説明は、本編の後ろにくっついている解説の説明が上手いからそちらを読んで欲しい。

 

『マクベス』のストーリーになぞらえている

 

もうお気づきかもしれないが、『未必のマクベス』ではシェイクスピアの『マクベス』のストーリーが重要な意味をもっている

 

上でも書いたけど、『マクベス』をまったく知らなくても楽しめるようになっているから読んでいない人も安心して『未必のマクベス』を読んでくれていい。

 

話自体は全然ちがうし。

 

物語の要素として『マクベス』を使うということは、ある意味『マクベス』の話に縛られることになる。

 

最後に、あるいは途中から『マクベス』を放り出すことはできないのだ。

その点でこの小説は、きちんと『マクベス』を使い倒しているからすごい。

 

本編でも何度も『マクベス』が話題にのぼる。読者も嫌でも『マクベス』を意識させられる。すると、次第に登場人物たちが『マクベス』の劇を演じているようにも見えてくるのだ。

 

劇中劇といったところか。

 

ここの『マクベス』という原著と、『未必のマクベス』というオリジナルストーリーの絡め方が上手い。

 

シェイクスピアの戯曲は、400年近くも残っているだけあって物語にはパワーがある。読んでいると長く読みつがれてきただけあるなぁ、と感じもする(錯覚かもしれないが)。

 

そのパワーあるシェイクスピアを上手く自分のものとして料理しているのがすごいのだ。

 

『未必のマクベス』はジャンルが不定

 

ところでこの『未必のマクベス』は“ジャンル”がよくわからない

 

文庫版の裏表紙には、「異色の犯罪小説にして、痛切なる恋愛小説」と書いてある。

それもたしかにそうだけど、それだけだと十分じゃない気もする。

自分は最初ミステリだと思ったし、途中は企業小説っぽくなったりもした。

 

まあジャンルを一つに絞ること自体が無意味なことなのかもしれない。

 

面白い小説はジャンルが何であろうと面白いし、逆もまた然りだ。ミステリ好きでもすべてのミステリ小説を楽しめるわけじゃないし。SF好きだったとしても、あらゆるSF作品を好きになるなんてことはまずない。

 

つまり、“ジャンル”というのは単なる便宜的な区分けにすぎないということだ。

 

恋愛小説は自分には合わないから一切読まないとか。あるいは、ミステリしか楽しめないからミステリばっかり読むとか。それはそれでいいけれど、でもちょっともったいない気もする。

 

何が言いたかったのかというと、出来のいい小説はいろんな読み方ができるよね、ということ。

 

といいつつも、やっぱり『未必のマクベス』は恋愛小説に落ち着くのかもしれない。